こしあん日記(Koshiahh’s Diary)

MURABANKU。の土屋慈人の日常系

きみの日常ハードコア

読者のみなさん、久闊を叙する。お元気ですか?

そして、あけましておめでとうございます。

みなさんはどんな年末年始を過ごされましたか。

 

コロナもやっと落ち着いて来て、2019年のような活気が戻ってきましたね。

それゆえに、みなさんの日常もハードコア化しているのではないでしょうか。

日常ハードコア。本当にお疲れ様です。

 

年末年始はゆっくりできましたか?

家族との時間、久しぶりの友人との時間。

一人暮らしを初めてやっと、どれもかけがえのないものだと知りました。

 

え?私はどんな年末年始を過ごしていたかって?

そう、私も炬燵で寝転びみかんの一つ二つ──

 

なーんて、in da

年末年始ハードコア!!!!!!!!!!!

 

資金調達に悪戦苦闘、帰宅するなばTVerサーフィン。

朝まで曲を作るなどを繰り返し記憶もない。

年越しも木曜から金曜に変わるような、かつてないほどにカジュアルな年跨ぎをしてしまった。

 

なぜ、私は年末年始にゆっくりしなかったか。

その理由はただ一つ。「かっけぇから」である。

 

普段、自分自身の面や格好に自信など毛頭持てない。

「身長があるからいいじゃん」そう言われる度に私のこれまでの人生を切って貼って5分ほどに編集した動画でも作って、時計じかけのオレンジよろしく、器具で開いた目を固定してその動画を流してやりたい。

そして、最後まで見たあなたはきっと私の肩にそっと手を置き「大丈夫だよ」と優しい一言を残して光の中へ消えていくのだろう。

それほど「普通」極まりない人生なのである。

 

しかし、そんな私でも自分自身に「お、かっけえじゃん」と思える瞬間がある。

その一つがまさに「年末年始、ゆっくりしない」である。

 

おいおいおい、かっけえじゃねえか!!

よくやるぜ。小窓の向こうには団欒だぜ?

そんな中、寒空を蹴ってひとっとび。

まあ、よくやるぜ。

 

「自己肯定感を高める」という言葉に意味を見出せない人間は、自己肯定感という言葉を思い切って捨てて、残る自己で遊ぶしかないのである。

それは世の中からは「イタい」と突っ込まれるのだろう。

しかし、人の感じられる本当の楽しさはきっとその「イタい」にしかないのだ。(もちろんルール、約束事を守った上でのね)

 

そして、もっと引いてみると「逆張り」とも捉えられるだろう。私自身もその括りの中にいると自覚していた。

けれど、違った。

自分の持ってる矢印の純な方角が、世の中というレンズで見ると「逆張り」と映るだけなのだ。

 

「年末年始、ゆっくりしない」は"ゆっくりしない"で満足なわけではないのだ。

 

いつもの電車に、いつもの街並みに人が全然居ないことによって、パラレルの世界にいつのまにか来ちゃったようで、何か楽しい。

自分は普段の日常の感覚の中、正月特番が流れていて時空が歪んでいるようで、何か楽しい。

 

「年末年始、ゆっくりしない」ことによって、何か楽しいのである。

誰かと感覚を分かち合うことは難しいかもしれないが、そんな一人の遊びが結局楽しいのである。

自己という虚無もタッチしてみたら、たちまちゲームのステージとなるのだ。

 

去年は弾き語りが始まったこともあり「素直」とは結局なんなのかひたすら考えた。

人の素直さは見えても、自分の素直さなんていうものはなかなか見つからない。

だから、匙を投げよう!と思った時に、結局自分のイタさの中にあるんだろうと気づいた。

 

それは、自分がイタいと思っていても、世間では「普通」だったりする。

そして、自分のイタさが発揮されてしまう場所こそが「日常」だ。

 

自分の行動を「イタい」と言いながら過ごすのはあまりにも興醒めだろう。

てか、そもそも「年末年始、ゆっくりしない」を自分ではイタく思っていない。

なぜなら、かっけえ!!!と思っているから。

 

まあ、しょうがない話を徒に綴ってしまいましたが、要はマリオカートで矢印を踏むと速くなるように、人はその人の持ってる矢印にちゃんと方向を向いていくべきだということです。

己の矢印のハードコアを極めるということです。

 

あ、今年の目標は「自分探しパート11」です⭐︎

自分の奥底にきっとある、こしあん=きらめきを探すのだ。

日常ハードコアはつづくったらつづく。

 

p.s.

最近、この「こしあん日記」書く時にガッツリ書く、すなわち魂がこもりすぎてしまうきらいがあるので、今日からできるかぎり毎日upしていけるように頑張ります。

 

その日あった出来事や人に関して、そのまんま載せるということはしないと思うので、直接会う予定のある人も「書かれるんじゃないか?」などといった疑念はそっと横に置いていただいて構いませんぞ。

 

粛々と日常ハードコアを切り拓いていきませう。