こしあん日記(Koshiahh’s Diary)

MURABANKU。の土屋慈人の日常系。日常の真ん中はこしあん日記

こしあん日記Ⅲ void

学生の頃、授業で「母性回帰」という言葉を知った。その時にその仕組まれた座標を書き換えないと、もしかしたら”出口”はないのかもしれないと反射的に思ったことがある。

これは単に「人が信じられない」ということではなく「どこに本当の安心を預けられるか」だ。この退屈な何かから抜け出せない気がしたのだ。

 

日々がもう退屈だ。日常のど真ん中はこしあん日記、最終回です。

 

 

幼い頃からずっと頭が痛い。常に痛いためその慢性的な痛みは”痛い”とはカウントされない。

鈍感さを得て人は強くなる、しかしその方法で本当に良いのだろうかと、今年は改めて自分の偏頭痛に向き合うことにした。

 

偏頭痛が起こるパターンは大きく言えば2パターンある。

1つはずっとチリチリとなっている慢性的なパターン。これは状況に関わらず発生する自然型だ。

そして、2つ目は人差し指でおでこをポーン!!と押されたような突発型だ。これがまたあまりにもワイルド。ワイルド型と呼ぼう。

 

このワイルド型を生成AIや論文など引いて掘ってみると、何か自分の抱えてる問題たちを、逆を変えれば全てを解決してくれるヒントに辿り着きそうな予感がした。

 

 

初めて頭の痛みを感じた記憶を辿ってみると意外にもヒットした。覚えているものだ、小学生の頃のスイミングスクールの帰りの車だ。

 

これは言語化するのが本当に難しいのだが、私の偏頭痛を引き起こすトリガーがどうやら”溝”にある。

車で言うとドリンクホルダーの底の溝。人差し指の腹でその溝を100%埋め尽くす形でなぞることができたら気持ちが良いのだが、そこにどうしても空間が生まれてしまうと思うと、それはもうワイルドな痛みがやってくる。

 

他にも、そろばんの玉と玉の間(◇みたいな形)、ピアノで例えばドを押した時に横から見えるレの鍵盤の溝、お皿の足(?)の裏側の溝。とにかく構造的に”何か”が達成できないとパチコーン!と目はクラクラになってしまう。

 

小学生の頃はこれが当たり前の感覚だと思っていた。しかし、身の回りで共感を得ることもできず、頭が痛いと言えば、嘘だ、我慢しろ、気の持ちようと言われ、本当にこの痛みは”無いもの”なのかもしれないと幼い私はまんまだ騙された。

 

今思えば軍隊のような日々であった。なんの意思もないまま習い事をいくつか掛け持ちして小学生なのにほぼ休みはなかった。もちろん、行くとこ行くとこで「頭痛を言い訳にするな!!」と0距離で吐かれる。なので、私もこう返すしかないのだ。「サー!イエッサー!!!(甲高い声)」

 

そんななか幼き私は見事、そろばんでは段の世界へ、スイミングはトップランカーの黒帽子。HIP HOPダンス教室では、なんとオーディションを潜り抜けトップクラスといった精鋭部隊へ加入し、ロックダンスを主体としたユニットに所属!

感情など、必要はない。ただ、任務を遂行すること。それによって生きる資格があると思っていた。

 

しかし、中学生になり私は気付いた──

 

!!!!!!理不尽すぎーーーーーぃ!!!!!!

 

いや、理不尽すぎるだろう。そりゃもう、両サイドにこんなに沢山のエクスクラメーションマークを並べちゃうよ。

いや、理不尽すぎるだろう!!!(3回目)

 

しかし、その気持ちも近い宇宙に通じることは全くなく、行くとこ行くとこで「Oh!!!!!」と頭を抱える日々が続いた。

学校、部活、帰りの合瀬川沿いで「Oh!!」「Oh!!!」「Oh!!!!!!」。勘弁してくれ。

 

 

色々調べる中でHSPという言葉を知った。すごく嬉しかった。

”Highly Sensitive Person”。

ハイセンシティブパーソン、最悪ーーーー!!!(笑)と笑ってしまうくらいに自分あるあるがそこにはあった。

 

「物事を多面的に捉える。決断に時間がかかる」

はい、外出した際にスーパーに寄るのですが、必ず30分以降は熟考して、結局小松菜と豆腐だけ手にして帰ります☆

それから飲食店ですぐ隣の空腹さに気付きながらも絶対的な答えを導くまでメニューと睨めっこします☆

 

「音・光・におい・人混みなどに疲れやすい」

ぎゃーーーーーー。まさにそうです、昼夜逆転させてます☆

17km未満なら極力自転車で向かいます☆

 

「他人の感情に影響されやすい。涙もろい、空気を読みすぎる」

ワーーーー!!影響された、と勘付かれるのも嫌なので、勘付いてないフリをして学生生活は乗り切らしていただきました!!

 

「小さな音や表情、温度、違和感などによく気づく」

特に高校の頃、全く興味がないのに誰が誰に好意を持っているかだったり、背景を勝手に察してしまう謎の現象はこれなのか・・・?

 

 

あくまで、HSPは現状セルフチェックまでしかできないそうなのだが、該当するというより、あまりにも”あるある”が集まっていて驚いた。

まだそんなに浸透していない言葉だけれど、医療や教育の現場で少しずつ広まっていけば、あのどんよりとした合瀬川を歩く少年らもきっと救われるだろう。

もっとポピュラーな言葉になれば、あの頃の全〜〜〜〜〜〜〜員をあの川沿いに並ばせて「ほらね!?!?!?!」と一言言ってやりたい。ハートマンのような汚い言葉は使わないようにしておくけどね。

 

しかし難しい話、私の場合まるで理解されなかったからこそ、その反骨精神で今があると言っても過言ではない。HSP!なるほどね!では解決にならない。

話は冒頭に戻るが、どこに出口を見出すかが問題だ。

最終回はまだまだ続きます・・・。

 

 

中学生の頃、あまりにも物事が家庭の中に届かず、血、肉体的な帰属と感謝はあれど、精神的帰属は創造に向けることにした。家族も友人も”他人”というスタンスで過ごした方が興味とリスペクトを持てるなと思ったのだ。そう決めてから夕飯も自分の部屋でラジオを聴きながら食べるようになった。

 

その時、初めて仕組まれた”何か”または”退屈さ”から少し抜けられた喜びがあった。

空気を読み、気を遣って食べる家庭の食卓の時間より、知的好奇心に振り切って色んなラジオを聴きながら食べる夕飯の方が確実に生きている感じがしたのだ。

 

これまた家庭が悪いどうこうの話でもない。自分という個体の場合「ケアのスタイル」が社会とは違ったという話なのだ。何かズレている、その最もな原因が結局ここにあるのではないか。

 

ラジオは自分の偏頭痛を無化してくれた。

音楽も映画も、痛みを無化してくれたのだ。

結局は「楽しみたい=偏頭痛を感じない没頭する時間」という心理が働いていたのだろう。そして、それを作れちゃう人間がこの世にいるのか!?と気になりすぎて、作り手への興味が湧いた。

 

冒頭の話に戻るが、大学生になり授業で「母性回帰」という言葉を知った時、自分は「ものづくり回帰」に座標を変えたんだ、と言語化できた、そのことを最近ふと思い出したのだ。

 

で!!!!!

 

この日記にずっと書いてきた「自己肯定感を高める」という言葉に何か怪しさを感じる、その疑問がやっとわかった。

私自身、求めるものは「慰め」ではなく「無化」なのだ。

ケアのスタイルが「慰め」では通用しないのだ、偏頭痛は!!無化してほしい。

 

何か集まって楽しめば、不思議と物事が解決する人もいることは知っている。しかし、自分の場合で考えると問題が解決するまでにさらに時間がかかる、+その溜まっていく罪悪感でさらにBADに陥るだろう。

どこに原因があるのかを調べつつ、それに関連した小説や映画やお笑いなどエンタメに触れて、空気感も含めて多角的に認知したいのだ。(WOW!センシティブ!!)

 

もしかしたら、もう自分が既に成り立っている人は必要がないのかもしれないが、私はいまだに、テメエはどういう個体なんだよ!?と日々考えてしまう。大迷子である。

 

自己肯定感を高めても、虚無。座標を決めないとただ同じグルグルを繰り返すだけでバターになるだけだ。

勇気は必要だが少し外に風穴を開けられたら、それが突破口となり、自己肯定でなく「自信」が生まれる可能性がある。

それによって少しずつ日常に変化が生まれる、その一連がやはりたのしい。無責任な無化が必要なのである。

 

「どこに本当の安心を預けられるか」

 

もしかしたらどこにもないかもしれない。確かなものなどそもそもないかもしれない。

だとしたら、固定概念は捨てて、見つける作業を繰り返した方が良さそうだ。

だからこそ、私の思う”無化する”は逃避ではない、遊びの原点なのだ。

 

 

で!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

結局、母性回帰的な人間を目指すことがやっぱり良いのかもしれないと思っている。ズコーーーーーーーーーーーー

絶対良いよ、そっちの方が絶対に良いよ。

 

自分の哲学的はもうできてしまっている「ものづくり(作り手含む)回帰」があるが、1人間として生きていくには、やはりコミュニケーション周りも含めて目的達成への合理性よりも大切なものがあることをちゃんと知る必要があると近頃痛感した。

 

ということで、マッチングアプリを2種類ダウンロードしてみた。

ちゃんとマッチングできて、電話を繋いだ。

そして、日々、ど深夜に推しとしているライバーを全力で応援している。

社会という外部からの刺激により、日常の彩りは生まれていく。

その後の話も色々あるが、それはまたどこかで。

 

真っ暗な虚無も、つまみ食いしてみたら意外と甘いこしあん日記。

頑張っていこう。

 

P.S.

「青梅街道から奥渋谷に抜けると」で、4年間バイトで通っていた渋谷、道へのお別れを書いた。

その道で「くそう!!!」と発狂していた嘆きたちはMURABANKU。の『青梅街道』という曲に変わった。

 

そして、今年の春より渋谷のラジオにてレギュラー番組が決まった。私の音楽の師匠・山口優さんとの番組 #シブヤノSONOTA 。

バイトへの道が、週一でラジオ収録への道へと塗り替えられた。こんな嬉しいことはない。ぜひ、聴いてください。

 

また、文章でもお会いしましょう。最後まで読んでくれた方、ありがとうございました!

こしあん日記Ⅱ お餅と無重力

素直に思ったことを言えば「綺麗事」とおまけに草まで伸ばした言葉で返される環境で生まれ育ち、避難するように空想の中で生きてきた。

そんな私だが”忘れられない景色”というものは本当に存在するんだ、と心から思えた瞬間が2024年にやってきた。

 


ライブをしながら自分の中の「冷笑」というものがボロボロと崩れ落ちていった。そこに残るのはただただ、かけがえのない綺麗な景色だけであった。

まさにぐるぐると回る日常に”一直線”が見えた。そんな気がした。

 


 


12.07「たまこラブストーリー 10th Anniversary TAMAKO Music Party」。

声優の田丸篤志さん洲崎綾さんの朗読に生バンドの劇伴演奏が織りなす、唯一無二のアニメライブイベントだ。

私は「うさぎ山バンド」のギターとして出演させていただいた。

 


ライブ当日までは不安だった。

しかし、不安は練習の量で誤魔化すしかない!と古き良きオールドスクールなマインドで高校生の時ぶりにギターと日々を過ごした。

譜面も全部暗譜した。共演する大好きな皆さんと当日来られる皆さんととにかく楽しみたかったからだ。

そして、このアニメの曲を手掛けられた片岡知子さんに「どうだ!?」とドヤ顔を決めたい、そんな密かな目論見があった。

 


吉田玲子さん脚本によるその後のストーリーも本当に素敵であった。

ライブ中、何度か重力が消えていくような瞬間があった。

一回めのピークが「やさしい雨降り」という曲の時にやってきた。

 


マニュアル・オブ・エラーズ、そしてリーダーであり、私の音楽の師匠山口優さんと一瞬目が合う。

本番まで何度も山口さんのご自宅の作業場にお邪魔して何度も練習した。

演奏にゆっくりうねりが増していく。そして、田丸さんの朗読により体感したことのないグルーヴが会場全体に響き渡った。

 


その時、私は無重力を感じた。

 


ライブを終え、生まれて初めてやり切った感覚を覚えた。もちろんミスや拙い部分も多くあっただろう。

しかし、ちゃんと片岡さんに「どうだ!?!?」と言えた気がした。

 


楽屋に戻ると、片岡さんの旦那さんであるLI'L DAISYの岡田崇さんがやってきて「土屋くん、すごく良かった」と声をかけてくれた。

その一言が鳩尾にグン!!と入り泣きそうになった。

 


普段は「MURABANKU。は女性ファンが少ないよね〜」だったり「PayPayまだやってないの〜?」などお茶々をいただき「いやいやいや!!」などと私はヘラヘラしてしまうのだが、この一言は真剣に受け止めさせていただいた。本当に嬉しかった。

 


端っこで演奏していたギターの身で大袈裟すぎるかもしれない。

けれど、私自身高校生の頃より「たまこまーけっと」のヘッズであり、持っているたくさんのリスペクトはできるだけ込めて、命をかけて挑みたかった。

 


 


2013年に放送された京都アニメーションの「たまこまーけっと」。そして翌年銀幕にて「たまこラブストーリー」が上映された。

当時私は、まさにたまこともち蔵と同い年くらいでアニメに没頭していた。

 


学校生活は退屈だった。

特に好きな子ができるわけでもなく、自然と生まれるスクールカーストもくだらねえなと、ただご機嫌なみんなの部外者であろうと立ち回った。

そんな中でも奇跡的に好きなモノを共有できる友人もできて、そこでは素直にいけしゃあしゃあと過ごすことができた。

 


しかし、時に友人に誘われて大人数のカラオケに行くも、得体の知れぬ陰を撒き散らしてしまっていたのか「大丈夫?楽しめている?」と友人に手間を取らせてしまうこともあり、好きでも嫌いでもないのだけど向いていないのだな、と大人数の場は諦めることにした。

 


そういった様子を当時は「ネガティブ」だったり「陰キャ」と括られていた。

しかし、今になって気づいた、実は私は──アドレナリン中毒であったのだ!!!(キャーーーーー)

 


そして、私をそうさせたのは京都アニメーション!!!!(ワーーーーー!!!)

 


 


街に繰り出しみんなが通うアパレルに行くよりも、私は部屋でキャラメルコーンを食べながら「らき☆すた」のDVDの特典映像を観ることのほうが楽しかった。刺激的であったのだろう。

 

それもそう、昔からディズニーが好きで、特典映像にあるアニメーターの方々のドキュメントが本編と並ぶくらい好きで、ずっと制作側への漠然とした憧れがあった。

 


モノ作りに宿る魂、それこそが何よりも刺激的で気持ちよかったのである。

 


らき☆すた」のEDを皆さんは知っているでしょうか。アニメなのにEDが実写。それもすごく内輪ノリ。しかし、そのラディカルさたるや!!

 


特典映像では、そのEDのドキュメントが収録されており、北海道ロケと冠して武本康弘監督と声優の白石稔さんの行き当たりばったりで過酷なロケをクリアしていく様を観ることができる。

 

恋愛するよりも「らき☆すた」の特典映像を観ることのほうが楽しかったと言うのは、いろんな意味で結果論かもしれないが・・・。

このアニメ含み”モノ作り”は私にとって漠然とした目的になって光っていた。

 


その頃、ipod nanoでは「けいおん」と「たまこまーけっと」のサントラばかりを聴いていた。

それから1番好きな声優さん藤原啓治さんがパーソナリティを務める『荒川アンダーザブリッジ』のラジオも何回も繰り返し聴いていた。

私にとって音という存在は退屈な日常を過ごす中でのパワードスーツだったのだろう。

 


 


それから数年経ち、岡田崇さんが細野晴臣さんのラジオでかけられた「ヘタジャズ」を大学に向かう中で聴き、スッとインストバンドをやろうと思い立った。

MURABANKU。を愛知で結成して、数年後に闇雲な中上京してただ活動を続けた。

 


すると「ヘタジャズ」のレーベルぐらもくらぶのRECに呼んでいただけて、その現場で岡田さんと初めてお会いすることができた。

その後、渋谷宇田川町の喫茶SMiLEにて片岡知子特集のイベントへ行き、山口さんとも初めてお会いしてレコード屋さんをお手伝いすることになった。

 

2022年、サブスクで一番聴いた曲が「ねぐせ」。自分でもびっくりした。そのタイミングでぐうぜんお会いできたこともびっくりした。

山口さんとの雑談やアツい話で、自分の星の元が確認できた気がした。私にとって偉大な人である。

 


それから、MURABANKU。が新体制になることが決まり、新メンバーでシークレットライブをSMiLEでやらせていただけることになった。

過酷な練習スケジュールをみんなでなんとか乗り越え臨んだ新体制初めてのライブはかなり刺激的ですごく楽しかった。

そんなとある日、終演後山口さんと中村Pに呼ばれ、なんだ・・・!?と思ったらライブのオファーをいただけた。

 

 

 

えええええええええええええ!!!

 

 

 

私は細野さんやSAKEROCK、そしてたまこまーけっとのサントラによりワールドミュージックの扉が開かれ音楽をやっている身なので、飛び上がるほどに嬉しく驚いた。

そして、本番はほぼ一年先。守秘義務を守れるだろうか・・・!!(死守いたしました!!)

 


ヲタクの心はそっとしまってプロフェッショナルとして臨みますとお伝えした。(結果、はみ出てしまったかもだけれど・・・)

 

帰宅後、まずやっていかねばならぬことをノートにダダダと書きなぐった。スキンケアを徹底する…(インスタのハイライトに全ては残した)、ちゃんとプレイヤーになる…、歪系のギターを使ったことがないので研究する…などなど。

 

1日3時間は練習すると決めて、結果情けなくも腱鞘炎となり、電撃的な痛みが走らないコードの押さえ方も研究するという+αまで生み出してしまった。

 


 


ライブの前日、急遽実家のある愛知県へ戻った。

じいちゃんが亡くなってしまったのだ。

 


いつも白パンで車高の低い車に乗り、エスカレーターに乗る時はいつも片足を一つ上の段に乗せて格好をつける。

いろんな喫茶店へも連れて行ってくれ、私が喫茶が好きになるきっかけも作ってくれた人だ。

 


幼い頃一緒に海へドライブした時は「カモメにお酒を飲ませたらどうなると思う?」と聞かれ、何を言っているんだろうと?を浮かばせたら「真っ赤になってフラフラ飛ぶんだよ」とじいちゃんは言った。幼い私でさえ、しょうがねえなと思い大爆笑したことを今でも覚えている。ゴキゲンでカッコいいじいちゃんだった。

 


成人した時に銀の腕時計をもらった。じいちゃんには申し訳ないけど、当時私は腕時計をしている同級生を馬鹿にしていたためつけられなかった。

なんて思いながら、実際付けてみてもMarvelのTシャツばかり着ている私には全然似合わなかった。

サンタナが好きだとCDを借りたこともあったが、私はその良さの全部を理解することはできなかった。

 

はぁ、なんか喜んでくれるようなことできたかな・・・と下手に流れる尾張の車窓を眺めた。

それと同時に時は進んでしまうんだなと恐ろしくも感じた。

 


 


数年ごとに「たまこまーけっと」「たまこラブストーリー」を見返す。

その中でも数年前、映画館での再上映を観た時にハッとした。

 

あぁ、この作品はグリーフケアの物語なのかもしれない。時の流れという身体的な、また心の成長の話。

 


たまこが日常というぐるぐるを過ごす「まーけっと」(アニメ版)。

そして、恋愛ないし”愛”という直線によって、そのぐるぐるから次に一歩を踏み出す「ラブストーリー」(映画版)。

 


たまこは母を亡くしている。その描写は作中にあまり出てこないが、EDを改めてじっくり観た時にハッとした。

赤色に白のドット柄。「きっと忘れないよ」という歌詞。

 


びびびと鳴った。映画館を出た時にこの映画に共鳴している何かが少しわかったような気がした。

ぐるぐるな中に実は見え隠れしている突破口。そして、きっと忘れない。

それを大切にしていこうと決めた。

 


 


グリーフケアとは、実際の言葉としては死別した、喪失の体験をした人に寄り添いケアすることだ。

本来の言葉の意味とは外れてしまうが、創作物というものはまさに味方が誰一人もいない私にとってグリーフケアをしてくれた存在なのだ。

 


幼い頃からの自分自身の喪失や悲しさ、辛み諸々はきっと理解されないだろうと家族にも友人にも相談してこなかった。

私の日常にずっとある虚無感や喪失感。その溝を埋めてくれ、さらに社会との関わりも持たせてくれたものが私にとってのアニメーションなのである。

もちろん、音楽や漫画映画もそうなのだが、もう感謝とリスペクトしかないのだ。

 


じいちゃんからもらった銀の腕時計はポッケに入れてライブの本番に出た。

初めて、お客さんとその頭上に向けて音を届ける気持ちで演奏した。

絶対届けてやると思った。現に、中村Pがノリノリに踊ってくれている!

サンタナのような泣けるギターは弾けないが、妙にへっぽこでゴキゲンなギターは弾けるよと。

 


あの日あの会場で一人という意識が少しなくなった。

お客さんの熱量やエネルギーそして優しさがものすごかった。

もう、みんなでサイゼに行き「みどりちゃんは今、銀行で働いているに違いないよッ!」などとお互いの想像を語りたいくらいであった。

 


ニュートンよろしく「いつもそのことばかりを考えていた」。その強度を目の当たりにした。

そうだった、あの会場にいた皆さんから溢れるものたちは。それによって生まれるエネルギーは魔法のようだった。

 


あぁ、楽しかった!!

風の吹く先をちょっと信じて生きていこう。

そう思えた伝説のライブでした。

 

ぐうぜんみなさんと会えて本当によかった。そのまたいつか合流しましょう。

こしあん日記 Ⅰ

「自己肯定感」という言葉がずっと怪しいなあと睨んでいる。なんだかずっと纏わりついてくるような感じがしてくすぐったい。

肯定感などそもそも無いのだから、高められるか!と思っていても「あなたもさあ、一つ優しくなりましょう?」と時代に寛容を促されるような時に不安を感じる。

 

しかし、怒涛の2024年を過ごす中でその正体が少しだけわかった気がした。

日常のど真ん中はこしあん日記、今回で最終回です。(Ⅰ〜Ⅲ)

 

 

2023年は自分の魂を確認するような一年だった。

そして、2024年はその魂を持って、実際に色んなことに挑戦していくような一年になった。

 

MURABANKU。というインストバンドは新体制へと生まれ変わり、たくさんの仲間が増えてより活動の幅が広がった。自分の中にしまっていた本来のビジョン(恥ずかしさ)を取り出して、さらにそこにご縁という魔法がかかり、想像していなかったような未来に辿り着けた。

個人的にも音楽の仕事が増えて、結果的にバイトを入れる時間もなくなりひたすらあらゆる制作に打ち込む日々が続いた。

 

1日に5つの打合せに帰宅して深夜は頼まれたアレンジのDEMOを作ったりと、かげぶんしんでもしてるのか!?と言う怒涛の日々が続いた。

そんな中10.13に投稿した日記「新しい夕暮れ」にも書いたが、やることがピタッと一旦落ち着いて何も無くなった時に途轍もない虚無感に苛まれるという体験があった。

 

それを今改めて解釈すると”自分の中の人間的な幸福度が空っぽ”であることをふと自覚して怯んだということだ。ズコーーー

 

 

自分のやりたいことを挙げるなば反吐が出るほど枚挙にいとまがない。

それらを同時並行で進めていくとなると、シンプルに時間と体力を他に費やせない。

いろんな物事はゆっくりと進んでいる。しかし、いざ自分という1個体をポンと脳内のGoogleマップに浮かばせてみると、あれ、これで本当に良いのだろうか・・・とただ社会に擬態しているだけで、確かに浮き彫りになってしまっているその影の濃さよ・・・。

 

当時の日記にもあるが、人間的な幸福度を高めていこうかと考えたが、結局それは放棄してやりたいことに没頭することを選んだ。(部屋だけは模様替えしたが)

今この目の前から伸びているであろう、幾つかの世界線は全て両手で繋ぎ止めていたい。それはチャンスを掴みたい!というよりも、一寸先は闇である故に、その時にそこに私は辿り着けていたいという絶対だ。

 

ぼんやりと立っていた吉祥寺も段々と暮れゆき、その後はバンドの企画ライブとギターで参加する京都アニメーションたまこラブストーリー』の音楽イベントに向けてまた怒涛の日々が再スタートした。

 

 

12月、日記の更新が止まってしまった。厳密に言えば下書きには保存されているのだが、かけがえのない時間たち過ぎて上手く言語化できずに箇条書きのノート状態になってしまい、そっと下書きに保存してしまった。

そして、あまりにもバタバタしておりこれまた忙し自慢のような仕上がりになってしまって没にしてしまった。

 

にしてもハードだったよ!?!?(言うんかい)

突然とあるびっくりなCM出演が決まり、2日間丸々撮影が入った。帰宅後はまた担当してるアレンジのDEMOを作り、徹夜で2日目に突入。現場で空いている時間には、たまこライブで追加で届いた曲の耳コピをしてその日のうちに読みたい本を読み役目を果たして、翌日は企画ライブであった。

 

しかし、それがとても楽しかった。その凝縮された数日間でそれぞれ乗り切ると全然違う物事の未来が同時並行で蠢いていくような不思議な感覚があった。

そのために生きていると言ったらあまりにも大袈裟だが、世の幸福度に関するものはひとまずいいや・・・と思ってる自分には向いているのかもしれないなと感じた。プールを跨ぐように没頭を繰り返すことで色んなモノを作っていける環境があるというありがたさだ。

 

 

企画ライブもチームのセンスや多大なる協力のもと、ビジュアルも最高にかっこよく、ライブもそれは盛り上がり、さいこうに楽しい一夜となった。

100人規模でのライブができたことも本当に嬉しかった。お客さん側から伝わってくる”音楽が好きだ”という愛の上で、自分達は音楽ができているんだなとアンコール時にグッときてしまった。出会えた・・・という漠然なる嬉しさがあった。

 

対バンは憧れのスカートである。澤部さんとは4年前に偶然近所でお会いして、それから1シーズンに1回くらいのペースで一緒にお茶をさせていただいている。

そのお茶がとても楽しい。語弊があるかと思うが、自己肯定を諦めている話で盛り上がれるのだ。

 

 

プライベートな時間をこうやってバレなさそうなところでおっぴろげにするのもなんだけれど、この前は洒落た喫茶で「人間向いてないんだよ〜〜〜!!」と澤部さんは全力で嘆いていた。文章では伝わりにくいだろうが、これがどれだけ楽しい時間であることか。

程度やベクトルの差はあるだろうが、私自身、社会では擬態人間故にすっごく奥の方でわかる・・・・・・と共鳴できるのだ。しかし、その場では「わかる!!」というのもなんかちょっと違う気もして「いやあ、でもそれでも、すごいっすけどね〜」とか薄〜い返答しかできていないかもしれないけれど・・・。とにかく、前向きになれる時間なのです。

 

そんな澤部さん・スカートのトリオ編成は本当にかっこよかった。もう、痺れまくり。やばすぎるよ!!

あんなに身体中が蜂の巣状態にされるのってスカートのライブぐらいな気がします。なんというのでしょうか、どこか日本のバンドっぽくないというか、迸っているエネルギーにヨーロッパっぽさを感じる。

それは澤部さんがレコードマニアといった背景を知っているからというフィルターもかかっているのかもしれないが、体感で感じられる気持ちよさが明らかに稀有なのである。かっこよかった。

 

学生の頃から好きなスカートとの対バンを2024年で実現できたというのは本当に嬉しかった。最後横一列に並び、カーテンコール(?)の時に見た風景は死ぬ時の走馬灯入りが確定された。

諦めた何かたちがなんだか報われた、そんな気がしたのだ。

 

(続く)

自由律俳句と電波脳(10.30)

最近、友人・小石くんの影響で自由律俳句を日常的に思いついたらメモを取る習慣が生まれた。 

ずっと、何かの正体が一体何なのか。それをずっと解き明かしたいがために何かを作りたくなる。だから、思わずこの日記も長文になってしまうのだが、自由律俳句はもっと感覚的にストンと落とせるもので気持ちが良い。 そして、なんか試される気がする・・・!

それに、普段自分がどのように日常を感じているか、その無意識の不思議と対面できることがあって面白い。 

 

ということで今回は、思いついた自由律俳句(風)をメモから取り出し、未来の自分が考察してみようの回〜! 

 

 

 

「落ち葉にきいた春のうた」10.14 

 

何ちょっと、風情があるじゃない。 「落ち葉」と「春」ね、ふ〜〜ん。

これはある日、愛知で椅子を作っている小石くんが東京に遊びに来て「歌詠みへ行きましょう」と井の頭公園へと大集合した時にメモしたものだ。

 

小石くんという友人はすごい。何が凄いかって、椅子が大好きで今やとんでもない環境でその椅子を作っている、それはもう超御本人になっているのだ。 

そんな彼は、ここ数年自由律俳句に興じており、なんと賞をも授賞し、挙句仙人の貫禄をもをも漂わせる重鎮と並び、その奥深さを探求されている。 

 

こんな機会滅多にない!小石くんの前で何か出したい!そう落ち葉を見つめていたら思いついたこちらの、落ち葉にきいた春のうた。 

 

「おお、いいですねえ。さすが、おつっつ!」小石くん、いや、師小石くんにそう言っていただけて一安心。 なんとなく作ってみたものが、そこでそれぞれの解釈が生まれて語り合う、本当に最高な時間であった。

あれから時間が少し経って今見返してみると、自分の死生観が表れているものだなあとも思う。

 

その時は、ベンチに葉っぱと横並びになって〜という絵を思い浮かべただけなのだが、もしかすると「人の変化、進化」のうたなのかもしれない。

 

人の体の細胞は4ヶ月で入れ替わるらしい。 

だいぶ抽象的になるが、落ち葉を見るとMCU映画「アベンジャーズ インフィニティーウォー」を思い出してしまう。ヒーローがとある事情で消されてしまうのだが、その時に彼らは落ち葉のよう、塵のように風に消えていってしまう。

その描写が当時衝撃的で未だに落ち葉を見ると、あの儚く命が散ってゆくさまを思い返す。

そして、その風に消える落ち葉は、細胞たちのようにも見えた。遠のいていく細胞、ここに居るのは虚無の私、しかし、春のうたへと向かっていくという漠然な希望。

 

落ち葉とは、もしかしたら過去の自分なのかもしれない。春のうたとは、もしかしたら過去の後悔なのかもしれない。咀嚼すれば「新しい自分に生まれ変わる」というシンプルなテーマに行き着いた。

 

なんてね!これは全て妄想であり後付けです。過去の自分を考察するという今回の日記はだいぶ電波脳回になるかもしれません!大丈夫かな、ま、ともかくlet's a go! 

 

 

 

「空いた席心だけじゃ埋められない」10.26 

 

切ねぇ〜〜〜〜〜〜。 

これは、この間の埼玉でライブがあった日にメモしたものだ。リハまでの時間が結構あって、旅情を感じながら散歩していたら町のケーキ屋さんにたどり着いた。そこで一人お茶をした時にメモしたものだ。 

 

これは恋愛模様が描写されるような気がするが、これも別の解釈ができる。

恋愛だとしても悲しみではない、時に策士にならねばならないといった引いてみれば世の不条理への覚悟な覚悟なのかもしれない!

 

こういう時にコードがつけられたら面白そうだ。悲しみに近い言葉たちだけど、ここにかなりポジティブさを持つ音を当ててみたら・・・!これは歌物にしてみるのも面白そうだ。 

目線も自分というよりも、その町・霞ヶ関商店街に住む架空の女子高生の目線がよりリアルかもしれない。元テニス部だったりしてね。それでもって、そのテニス部のマネージャーの先輩に実は謝らないといけないことがあって、けれど──。

 

なんてね。それにしても、ケーキ屋さんは最高だった。ずっと慌ただしかったところ、まるでポケットディメンションの中にいるような。ひと席のみの店内で一人じっくり嗜んだスイートポテトとブラックコーヒーはさながら交互浴のようであった。空いた席 心だけじゃ 埋められない。 

 

この流れでまた見てみるとまた別の解釈も生まれるなあ。忙しない日々にも、時には甘さが必要なのかもしれないってことかも、しれませんね? 広告すぎるかあ。

 

 

 

(以下、乱立) 

 

川を打つくいは低く手を繋ぐ 

チャイムのね伸びる白玉ナイスキャッチ! 

電車の向こう駆けたがりの街負けるかよ 

蚊も止まらぬ額で行く 

屋根撫でる木を見上げてる 

 

長くなってしまうので、一つ思いついたものから音楽的な音の楽しみ解釈をしてみると「屋根撫でる 木を見上げてる」はリズムが途中から裏拍になっている、と思う。 

 

屋根 撫で る  木「を」 見「上」 げ「て」 る 

ポン ポン ポン ゥター ゥター  ゥター ウ 

 

なんか気持ちい!!!なんか、気持ちよくない!? 

てんてんてん つたーつたーつたーウ!! 

 

地味〜〜な日常にも、ちょっと視点を作ってみたら楽しい発見は見つかるのかもしれない。コロナ禍が落ち着き慌ただしい中これを読んでくれている、通称・天才読者のみなさんもやってみると良いかもしれません。ポップに使えたりふざけて良い日報(があれば)にも使えたり意外と自分の仕事にも活かせる楽しさがある。

 

 

 

私のやっているMURABANKU。は歌のないバンドインストバンドだが、毎回実は歌詞がある。それは、今まで情緒を担保するためだと思っていたが、日本語にあるリズムの面白さがやっぱり好きなのかもしれない。それに気づけてなんかスッキリした。 

 

自由律といったところ、ちゃんと自由律を理解しきれておらず自由律からはみ出してしまっているかもしれないが、これは楽しい遊びと研究をいただいた。 

ちょっと諸々が落ち着いたら歌物の曲もまたやっていきたいなあ。 

師小石くん、また何卒お願いします! 

新しい夕暮れ(10.13)

用事が思ったよりも早く終わって駐輪場へ向かい歩き出した。吉祥寺の駅は陽が落ちかけてオレンジ色になっている。それをヨドバシカメラのビルの影に佇んで見ていると何か心にぽっかり穴が空いているような気がした。

 

あれ、今日他にやることが何もない。

 

せっかくだから図書館に寄って行こうと思ったらブラインドが下がっていた。

え、どうしよう。今日、帰って誰かとゲームするか・・・っと思ったが、みんなそれぞれ忙しそうにしていて声がかけられるような様子ではない。とは言え、なんか一人でやる気にも今はならない。

 

あれ・・・?

 

SEIYUに行くにも無印に行くにも特にほしいものや食べたいものも何も思い浮かばなくて、結局駐輪場へ向かった。

しかし、自転車の鍵を開けようと思った時に、別に帰ってもやることないしな・・・と思ったときにハッとした。

 

 

 

めちゃくちゃ暇なんだけど・・・・・・・。

 

 

 

あれ?おれって暇を潰す、いや何かに活用するプロじゃなかったっけ??

暇を愛し、暇に愛されて好きや知覚は育まれていたはず。

でも、その”暇”とはまた、ちょっと違う”暇”な気がする。

 

 

なんなんだこれは!?!?

 

 

贅沢であるはずの夕陽をこんなにも持て余すようなことがあるのかと、それがかなりショックだった。

集中の世界からコテッと目の前の世界に戻ると、圧倒的な一人を感じた。

これが人の言う「寂しい」なのか。そう気づいた時に、ダダン・・・ダダン・・・ダダン・・・・・と何か背後に脅威を感じた。

 

き、貴様はもしや・・・!?



Quarter-Life Crisis vol.2』

 

 

 

 

あれは序章に過ぎなかったというのか・・・。そもそも、四半世紀の危機ってナンバリングものだったんだ・・・。くぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。痺れるぜ・・・。

 

思い返せば、長〜〜〜い一呼吸で夏が終わってしまった。

バンドの制作、アレンジ周りの提供、とある作品への参加。

 

それぞれつくった、参加した音楽にその夏は全部置いてきた。

しかし、身の私は本当にちょこんと椅子に座っているだけで本当に何もしていない。

 

だからと言って、別に何かをしたいと言うわけではないのだが、何かをしていない分、何かと圧倒的な距離が今もなお生じているんだなと思う。それが、私にとっては焦るよりも何をしたら良いのかがわからない。

今ある謎の”暇”の正体はこの辺りに隠れているのだろうか。

 

吉祥寺でふと思ったことは「あれ、おれ生活で何をしたいんだっけ?」である。

 

 

これを読んでくれているみんな、ちょっと考えてみようぜ。さあ、ペンとメモの準備を!

「生活(衣食住)で何をしたいか」かつての自分が無意識にやっていたことを思い出して書き出してみよう。

 

 

・紅茶クッキーのスーパー毎の食べ比べ

・ふんわり名人きなこ餅を無の気持ちで美味しく食べまくる

 

 

 

・・・まずい。他はもう記載する必要もない「ディフューザーのある部屋を取り戻す」くらいしかない。

正直、紅茶クッキーの食べ比べは去年で飽きてしまったため、今の私には「ふんわり名人きなこ餅」しかないのか・・・。

衣と住に関しては、オートボタンがあれば良いのにとさえ思ってしまう。

 

しかし「衣食住足りて礼節を知る」と言う言葉もあるように、絶対的に衣食住、すなわち生活は大切なものだろう。今の自分の無頓着さもいよいよおもしろくない。どっこいどうすれば良いものなんだろうか。

 

 

 

バリバリ仕事していこう〜☆

 

 

これはおそらく考えた結果ならぬ、考えるのを放棄した結果である。

 

 

だって、それぞれこの日までにクリアさせなきゃいけないあれやこれやがあるんだもん!

その間で、ゲーム漫画アニメラジオ映画を楽しみたいんだもん!

そして、タイミングのあった友人や仲間と飯でも行けたらそれで良いもん!

何より、やりたいことや実現させたいあれやこれなら、反吐が出るほどあるんだもの。

 

 

にしても!!

この瞬間だけはそれらをお休みしてもいい(寧ろした方がいい)時に、君は一体何をする。

 

もちろん決まってふんわり名人きなこもち!

と言いたいところだが、さすがに衣と住については少し考えていくか。

予期せぬ「これが実現できるんだ」の糸口がそういったところにあるかもしれない。

 

”暇”という漢字は、削り取られた崖の中からとられた未加工の玉の象形を意味しているという。

斜めの夕暮れで感じた、かつて感じたことのない”暇”は、もしかしたら新しいディグり先を意味しているのかもしれない。

 

ということは、日常の中は”こしあん日記”シーズン2ここにて始まりです。

どんなハードコアを選ぶかは、いつ何時だって自分次第だ。

高画質の海とこしあん(10.04)

久闊を叙する。みなさんお元気だろうか。

 

日常のど真ん中は”こしあん日記”がこれまた止まってしまった。

ということは、つまり日常がハードコアを極めていたということなのだが、その中で起こった出来事はまだナイショにしないといけないことばかりだし、ただ忙し自慢に受け取られてしまうようなものは載せるべきではない!という判断のもと更新ができなかった。

 

しかし、そんな中やっぱりちゃんと更新していこう!と思う出来事があったため改めて、ほぼ毎週水曜日に更新していきたい所存でありますので、みなさんのハードコアの息抜きにでも読んでいただけたら嬉しいです。

 

 

バイトに入る時間がないということは初めての経験であった。

バンド「MURABANKU。」のことに、音楽まわりを担当している名古屋のユニット「檸檬」のことに、まだナイショなあれやこれやで、ほぼずっと部屋にいた。

 

もちろん、外に出ずにずっと部屋に引きこもれるのは非常に嬉しいことだ。

生活リズムもまさに逆転して、朝の10時に寝て夕方起きるような生活を繰り返していたが、気づけば9時に起きて3、4時には寝る生活になってきた。

人間っぽくなってきたのだ。

 

そして、ここまで部屋にいると欲求として夏を感じたくなるものなんだ、という発見もあった。

こんなのも初めてだ。YouTubeで「海 高画質」と検索して、モニターに映るSUMMERを存分に楽しんだのは。

いやあ、これがまた良いのよ。宇多田ヒカルの「光」や「passion」なんかかけちゃってね。

いつまでキングダムハーツへの憧れがあんだ!なんてセルフでツッコミしちゃってね。

にしても、バースバイスリープのアレンジ、イントロ長っ!!なんてこれまた一人ごちちゃってね。

 

いや!こんなんでおれ良いのかーーーーーーーーーーーーっと椅子からそのまま左に、畳まれた布団に一直線にダイブして、伸ばす足元に目をやるとたまる埃にあっと気づき掃除機をかける2024夏(完)でした。

 

にしても、言いたい!!どっこい、ツヨツヨの守秘義務が課せられている・・・!!

はあああ、はああああ、と告知されるタイミングを今か今かと待ち詫びる今日この頃、高校の頃の同級生のSより、東京に行くんだけど忙しい?と連絡が入った。

 

 

高校生の同級生と会うということは即ち高校生の頃の自分と対峙するということでもある。

しかし、私は気づいたら「全然!飯でも行こう」と返信していた、そう、私の慧眼は既に光っていたのだ──絶対にお土産のお菓子を持ってきてくれる。と。

 

黒歴史もお菓子ひとつで塗り替えられるとは、我ながら能天気過ぎる。

しかし、お菓子、引いてはスイーツとはまさに、黒を鮮やかに塗り替えてくれる謂わば魔法なのである(←)。

おっといけない、イニシエの矢印が出ちまった。

それぞれの提出物がひと段落した頃にその日はやってきた。

 

同級生Sは、高校の頃の部活のマネージャーだ。

こう文字で見ればなんとも甘酸っぱくも写る響きなのだが、実のところは言葉は違うけれど”互助会”のような関係性だ。いや、言い過ぎか。

 

吉祥寺のとあるピザ屋で集合すると、早速Sの手元に小さな紙袋が確認できて「素敵なお菓子、ありがとうございっますっ!!」とスーパーチャットにレスを送るVtuberよろしく胸中で優勝〜〜〜!と思ってしまったことをまずここに懺悔させていただきたい。

 

 

席に着いて注文も済まして、いや〜久しぶりですねえなんて話していたら本当に2年空いていて驚いた。

その間で彼女は栄養管理士から花屋さんにジョブチェンジされており、まさかの転職後の方が過酷過ぎて、店長にちゃんと「このままの状態でいいのですか」と戦いに行った姿勢に私は感服した。

 

その間、私は一体何をしていたのだろう・・・なんて往復運動が始まる最中、彼女は言った。

 

「あ、あのエッセイ、こしあん日記読んでるよ。てか、なんだかんだ毎回更新楽しみになっちゃってる、もう読者です」。

 

ありがとうございっますっ!!なんて言える余裕もなく「アザス・・・!」と、この一人壁打ちのような文章を読んでくれていている人がいるんだ・・・と感謝が込み上げてしまい出た言葉が「アザス」の三文字であった。

 

もうこの行まで読んでくれている方はお気づきかもしれないが、これは日記ではなく実はエッセイという構成にしているのだ。

ストーリーズやXの投稿では「日記なんだ〜」とバレないように、まあなんとも姑息な手段である。

 

「あの日記を読んで、まさに自分もクォーターライフクライシスに陥ってるなって証明されたもん!」と彼女は言った。

 

え、めっっちゃ届いてるやん・・・!!

まず、その嬉しさもあり、またゼルダの伝説のマップが解放されていくように、話せる範囲がグッと広がり、われわれはとにかく賑やかなピザを食べながらとにかく渋い話題で盛り上がった。

 

 

この数年間、部屋にいる時間と同等か、またそれ以上の時間をファミレス(orミスタードーナツ)で過ごしていた。

もちろん、音楽や自分達の活動の指針やその他諸々を考える時間でもあったのだが、今思えば最も注力を注いで睨んでいたのは、自分たちの身の回りにある「よくわかんない生きづらさ」であった。

 

そこを無視して、音楽など表現を作ることも自分の場合的外れなものになってしまう気がするし、どんな人とどんな仕事をやってくか、どの方角に突破口は開けられるか、それらのヒントはこの「なんとなくの生きづらさ」の正体が掴めないとファミレスに入り浸った。

 

そういう意味では、私自身は高校の頃に「もう外れものとしてやってくしかないだろう」と世の中の部外者としてのスタンスが良くも悪くも確立されてしまったので、それはそれで別の危機に晒されているのだが、やっぱり世の中の価値観の中にいるということが多くの人にとって最もな「安心」なのかなと偏見だが思った。

 

私自身も、やっぱりバイトをすると社会に抱かれるような安心感を覚えた時に毎回ハッとする。

やっぱり世の中から「正」とされる軌道で過ごすことは安心でき、少しでも踏み外せば不安になる。

誰が決めたん!?!?ということで、色々本を読んだ。

 

そして、申し訳ないが身の回りで見てきたことなども含めて照らし合わせて繋げていくと「Quarter-Life Crisis(四半世紀の危機)」と「リーマンショック」に行き着いて、前回?の性善説でもなく性悪説でもなっく、性変説でいいじゃないか!という話に繋がるのである。

変態でいいじゃないか。諦めて、秘めてるそれを大切にしていこうじゃないか。

 

個人の時代とうたわれているが、自信を持て!とは言われない。

そうなってしまった黒幕はもちろん親でもなく、カリキュラムともちょっと違い、経済が近いがちょっとだけ違う。

それはどうやら「リーマンショック後」という世の風潮っぽいのだ。

 

だって、身の回りの人、みんなやりたいことが明確にあるのに、ギリギリ叶わないラインを自分で線びいているだもん!!

なんか、ずっと何かが、ずっと怪しいのだ。

 

それはもちろん自分を含めてなのだが、このいよいよ闘っていかないといけないものが見えた途端、ファミレスで過ごす時間が0になり、タイミング良く音楽のお仕事が舞い込んできて、とにかく9月はつくることに没頭した。

 

その中で、一番光った言葉が植木等の「無責任一代男」であった。

それをお守りのように日々を過ごした。

 

結果的に思ったことは、成長は必要だけど自己肯定感を高めることは自分に嘘を重ねていく作業であり、そこはちゃんと自分を甘やかさずに有無を言わせぬような「たのしい」ものをただ作っていくこと、それが突破口を開けるということなんじゃないか。

なんて、なんともパワハラ味さえ感じる着地をした。

 

それと同時に、そこに伸びる道こそが「ものづくり地獄」なんだと気づいた。

 

 

ピザが美味すぎて、半ば強引に「もう一枚頼まない!?」と届いたパインのピザも絶品であった。

彼女の中で結婚は考えられないものとしてあったが、よくよく考えてみたら結婚したい!という感情に出会った話と、管理栄養士辞めてからコーラを浴びるように飲んだという話はとても感慨深かった。

当時よりも激務だという彼女だったが、不思議と開けているような雰囲気があってこればっかりは一安心した。

 

いかに自然体でいられるかということこそがなんだかんだ難しい。

「海 高画質」と検索している自分は自然体なのであろうか。

なあ、こればっかりはどっちなんだよ、なあ。

 

帰りに無事、紙袋に入ったお土産をいただき、ありがとうね〜と畳んで肩掛けバッグに入れるという挙動を見せつつ、またねと解散した。

 

またね、と本当に何年か空いて、また話せる人たちがいるということはとても恵まれていることだ。

そう、思いながら帰宅して早速お土産を確認すると、洒落たこしあんのアンパンが入っていた。

 

一本取られたよ!!!

 

ちゃんと、トースターで少し焼いて、一番美味い状態に仕上げていただきました。

管理栄養士という視点を介すと、今の土屋の食生活があまりにもストイックだというチャンチャン♪回にしようと思ったが、気づけばこの長文・・・。

それはまた別の話、ごちそうさまでした。

それぞれのハードコアを極めていこうぜ。

なんか違うが素直になる(09.19)

この日記を書くときによく中高の頃を振り返る。その度に小っ恥ずかしい気持ちになる。

それは「その時点(中高の頃)から自分はそういう人間なんで・・・」という心の防衛策としてのそれもあるのかもしれないが、どうやらそうじゃない。

 

なぜその頃のことを思い出すのだろうとふと考えたときに、ぼんやり答えが見つかった。

世の中全体がネガティブだったのだ。

 

 

学校では道徳の授業が生まれ、運動会で競争はなしにしよう、そして「個性」が大切だと言われていた。

しかし、思い返せば「自信を持て」と言われたことはない。

寧ろ「自信は持たない方が良いよ」といった空気が教室の廊下に漂っていた。

 

個性があっても、自信を手に取ることが申し訳なく感じてくる。

それを持った瞬間に友達がいなくなる。

 

高校の頃に流行っていた少女漫画「アオハライド」の主人公もそうだった。

漫画の冒頭、主人公は何もしてないのに男子から人気になってしまう、それによって生まれてしまうトラブルを事前に回避するためにわざと自分を下げて”青春”をつくり上げていっていた。

 

それを読んで「あ、おれは青春できないわ・・・」と一巻読み切る前に閉じてしまった。

とは言え、チャレンジしてみるも空回り、いよいよ諦めてしまい、周りと健全なコミュニケーションは取れるも、心のうちはどんどん卑屈になっていった。

 

 

アオハライド」の主人公は物語を通して素の自分を取り戻すことはできたのだろうか。

あの時の楽しいけど、何か見えない蓋をされてしまうような閉塞感はなんだったのだろうか。

 

やはり、前の日記にも残したが、もろにリーマンショック後の空気感が世の中に蔓延していたのだろう。

当時は、教科書の中の世界くらいにしか認識していなかったが、まさにそこに座っていたのである。

 

自信を持っただけ後悔する、ちょうどいい努力でちょうどいいポイントをつけば良い。

それが本当に退屈でならなかった。

その中でみた京都アニメーションらき☆すた」の初回DVDの”中の人たち”の過酷ロケにはどれだけ心救われたか。(わわわ、わわわ、おれの忘れ物〜〜)

 

「何かつくる」という行為だけがその培養液の中から突破できる唯一の手段だったのだ。

 

 

とある打合せをしている時に、僕らはカウンターカルチャーを持っているよねという話題になった。

私自身も学生の頃からリアルヒップホップであり続けるぞということを選び、それによっていろんな試練やひとりぼっち感の中をふらふらと歩いてきた。

しかし、このタイミングでそのマインドがカチッとハマるような場所に巡り会えた。まるで嘘みたいなアンサンブルが決まったような衝撃がその打ち合わせにはあった。

 

終盤で今回の内容をまとめていた時に「リアルって、つまりは素直ってことだもんね」という一言がぽつりと聞こえた。その時に走馬灯のように頭を駆け抜ける何かがあった。

 

あの当時、どんどん卑屈になっていったと思っていたが、思い返せば実はまったく無理をせず、ただ”そのまんま”でいられた、ということか!

だから最近、人生で言われたことのない言葉トップ1の「素直だね」って一言がいろんな場所で突然言われるようになってきたのか!

しかし、ある一方からは変わらず「卑屈」って思われるのは、そういうことか・・・!

そう考えていると、何かがひっくり返ってきているような気がした。

 

 

私を私で”そのまんま”居させてくれたのは、間違いなく小説や漫画やアニメに映画、そして音楽だったのだ。

私は無理をしていなくてそのまんまの人が好きだ。キュンときてしまう。

だけれど、世の中からすると総じて「変態」と呼ばれる。

 

しかし、私は一言言いたい、アンタも絶対にどっか変態だからね!?

 

ノートに書き出したら、自分で気づかなかったところに必ずその人の変態性はあるのだ。

それは、例えば「好きな色合い」や「印刷の質感」なども無意識にあるだろうし、「実は声大きい」とか「ふざけたい」とかシンプルなこともあるし、この猫カワイイなとふと思うそれも実は「耳の形が癖!」といったフェティシズムが眠っていたりするかもしれない。私は変態を肯定している。

 

好きでいいんだ。もちろん、胸に秘めつづけることも良いが、外に出しても良い。

 

もし、それがプレイベートで難しいなら、仕事や普遍性のあるどこかでこっそり忍ばせたり仕込んでも良いのだ。

そして、またそれが遠いどこかで誰かの元に届いた瞬間、揶揄のできないつながりが生まれ、言語化できない「おもしろい」は生まれる気がする。

 

 

2年ぶりに同郷の音楽仲間でもあるユニット「檸檬」の音楽制作に携わった。

私はこの曲を初めて聴いたのは2019年のころで、その時からずっと好きな曲だ。

 

「諦めなくてもいいよ

気にしなくてもいいよ

気づいてくるだろう

わかってくるだろう」

 

二人の素朴な歌心にフェイクはない。

だからこそ、そのまま次に行こうと共に殻を破る気持ちで望んだ。

「わたしの好きな街」。渾身の一曲ができたので、ぜひ聴いてほしい。

きっとあなただけに見える景色があるはずだ。